すぺーすのいどの部屋

ワールド・カップと南アフリカ

私は非国民なので、オリンピックやサーカーW杯はあまり関心がないのです。

少なくとも純粋なスポーツマン精神のみで開催されている訳じゃないとは思ってましたが、『マスコミに載らない海外記事』というブログに「ワールド・カップと南アフリカ」という興味深い記事がありましたので、少し引用&紹介しときます。

ワールド・カップと南アフリカ
<前略>

世界サッカー運営組織のFIFAは、トーナメントで、30億ドルの純益を生み出せると期待している。この金の一銭たりとも、開催国の国民に還流することはない。南アフリカ人は、トーナメント実現にかかった推計40億ドルを、今後長期にわたって支払うのだ。

<中略>

基本的には、5つの新スタジアムが、維持費ばかりかかる無用の長物として残されることになる。準決勝会場となる予定のグリーン・ポイント・スタジアムは60,000席の収容力を誇る。しかし普通の南アフリカ・リーグのゲームは10,000人程度の観客しか集められない。これには6億ドルもの経費がかかっており、現地の人々はFIFAが町を去ったずっと後もつけを払いつづけるのだ。
近傍のアスロン黒人居住区のスタジアムを改装するという、より経費の安い案は、テレビ放映の際に、テーブル・マウンテンを背景に入れることができるという理由で、FIFAがグリーン・ポイントを主張して外された。アスロンは練習設備として使われてきたが、新たな交通手段は皆無だ。
わずか0.5パーセントの切符がアフリカ人に販売されたに過ぎない。FIFAの公式切符販売システムにアクセスできる、インターネット接続や、クレジット・カードを持っているアフリカ人は稀だ。
サッカーが国技のようなナイジェリアでは、わずか700枚の切符が売れたに過ぎない。一番安い切符で20ドルだ。3月に市場調査局が発表した数値は、75パーセントの南アフリカ人は、収入が一日20ドル以下であることを示している。非公式経済で働いている人々や失業者の収入はもっと低い。ギャラップ調査では、35パーセントの南アフリカ人が、2009年のどこかの時点で、十分な食べ物なしで過ごしていたことが明らかになった。
ワールド・カップは、新たな仕事を生み出すどころではなく、南アフリカ経済で最も大きな部分である非公式経済で働いている人々の多くの暮らしを脅かしているのだ。

<後略>

以上です。
なんだかなぁ~(*_*)
かっこいい批評でも出来りゃ良いんですけど・・・
載せただけ~(^^♪です。
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【民主党参院候補アンケート】 回答を公表!

前回のエントリ「参議院選挙の候補者への公開質問」でお知らせしましたが、『反戦な家づくり』の明月さんが多忙の中で実行された「民主党参院候補アンケート」が一部の候補よりあったそうです。
以下『反戦な家づくり』の該当エントリより転載いたしますので、投票の参考になさってください。また転載歓迎します。・・・が特定の候補の応援と見られるような転載方法は避けてください。

▼以下、転載
【民主党参院候補アンケート】 回答を公表!

公示の前の日に、民主党の候補者に、おお慌てで公開質問を送りました。
数は少ないけれども、回答をいただきました。

猛烈に忙しい中を、ご丁寧に回答いただきまして ありがとうございました。

内容について注釈はしないけれども、あえてこの回答を送ってくださった候補者の皆さんが勇気のある方だということは言っておきたい。

なお、本文中では候補者のお名前は敬称略とさせていただきます。

まずは、質問を再掲

1.埋蔵金や天下りをはじめ徹底したムダの排除をやりきる前に、消費税の増税を議論することに賛成ですか?
Yes賛成  No賛成しない

2.普天間飛行場の代替施設を、同じ沖縄の辺野古に作るという日米合意と閣議決定をしましたが、これに賛成ですか?
Yes賛成  No賛成しない


では回答を、到着順に

かきうち弘一郎 鹿児島 新
 1.賛成
 2.賛成しない

有田芳生 比例 新
 1.賛成しない
 2,賛成しない

亀原了円 比例 新
 1.賛成
 2.賛成しない

岩田ひろたか 島根 新
 1.賛成
 2.賛成しない

大野もとひろ 埼玉 新
 1.賛成しない
 2.賛成

中本なおこ 静岡 新
 1.賛成しない
 2.賛成しない


以上、6人の候補者の方から回答をいただいた。
全員新人の方だ。
なお、いくつか回答欄にコメントをいただいている。

かきうち弘一郎
1.論議することは賛成

岩田ひろたか
1.ムダ排除は徹底しなければならないが、議論までは排除するべきではない。

大野もとひろ
1.ムダを排除することは当然であり、大野もとひろは、衆・参両院の議員定数の削減、事業仕分けの継続をはじめ、さまざまな取り組みを継続していく。しかし、設問にある「やりきる」という表現が明確でない。無駄の排除にむけての取り組みは、不断に続けていくべきものである。

2.普天間飛行場は地元住民に大きな負担となっており、早急に県外に移転させるべきだが、現実には移転先の選定や理解、米側との調整などが必要であり、すぐに移転させることは不可能である。そこで、第一ステップとして辺野古に移転させ、さらに第二ステップとして、沖縄県民の負担を減らす。


108人の候補者の中で、2人だけメールもFAXも不明の人があり、106人に送って6人の回答という結果。
Noと答えれば明らかに今の民主党執行部の見解に異を唱える内容であること、しかも、回答の期日が公示後になってしまったこと などから、今回は仕方がなかったかもしれない。

資料としては少ないけれども、こうした意思表示を30名の連名(後から+2)で送れたことは、それはそれで良かったと言えるだろう。

以上です。

参議院選挙の候補者への公開質問

私の愛読ブログのひとつである『反戦な家づくり』の明月さんが計画されている「参議院選挙の候補者への公開質問」に賛同することにしました。

辺野古の件は沖縄や日本だけの問題でなく人類の問題であると思うし、これから大人になる今の子どもたちや、これから生まれてくる未来の子供たちのために、未来が少しでも良い方向へ向かうように努力する義務が、私たち大人にはあると思います。

消費税のことも同じですよね。

偉そうなこと書いてますが、大変な作業は全部 明月さん に任せっ切りです。
お仕事もお忙しそうなのにありがとうございます。
くれぐれもお体に障りませんように・・・

該当記事「あらためて 参議院選挙の候補者への公開質問 【賛同者急募】

みなさんも一緒に考えてみませんか?

「日本の学童ほいく」誌を読みませんか?

「日本の学童ほいく」って雑誌があります。

全国学童保育連絡協議会によると、

『日本の学童ほいく』は全国学童保育連絡協議会の機関誌であり、学童保育をテーマとする日本で唯一の専門月刊誌です。
現在約45000部を発行しています。

だそうです。

私も既に5年以上購読していますが、結構面白いです。
特に後半に年間連載される「講座」コーナーは必読ですね。

今年は早稲田大学の増山均さんの連載で「子どもの尊さの発見・支えあう暮らしの創造」です。

4月号の一部を転載しちゃいます。
全部読みたい!続きを読みたい!という人は「全国学童保育連絡協議会HP」で注文しましょうね。

日本の学童ほいく 4月号

日本の学童ほいく 2010年4月号 P54 より

講座
子どもの尊さの発見・支えあう暮らしの創造 1
子どもへの「まなざし」-学童保育の子ども観を考える

増山均 早稲田大学

・はじめに
 モモの花が咲き、冬篭りしていた虫たちが動き出す季節になりました。四季の変化の中でも、啓蟄から春分、清明へと二十四節気が移りゆく三月から四月は、子どもたちも学年が一つずっにがり、一人ひとりの子どもたちが成長の姿を見せてくれる時です。
 学童保育に六年間通い、小学校から中学校へと羽ばたいていった子どもたちの成長を振り返ると、実に感慨深いものがあります。大きなランドセルを背負ってっ「ただいま」と帰ってきた一年生の頃、あんなに小さかった子が見違えるように立派に成長して巣立っていきました。新学期、学童保育にはまた可愛い一年生か入ってきて、新しいドラマが始まります。
 この四月号から、10年ぶりに連載をお引き受けすることになりました。一年間を通して考えたいテーマは「子どもの尊さの発見・支えあう暮らしの創造」です。安心と協同の子育てを実現するために必要な三つの改革(<子ども観・子育て観の改革><地域生活圏の改革><社会の子ども政策の改革>)について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。第一回は<子ども観・子育て観の改革>に向けて、子どもに注ぐ「まなざし」「子ども観」の問題を取り上げてみましょう。

中略

・子どもの育ち・子育てと<矛盾><トラブル>
 子育てにとって大切なポイント、それは「どのように子どもを見るのか、とらえるのか」「子どもの育ちゆく姿をどう見るのか」という開題です。家庭で親が、学校で教師が、学童保育で指導員が、そして地域社会で大人たちが、子どもにどのような目を向けるかによって、子どもの生活と発達は大きな影響を受けるからです。
 「安全」のまなざしは大切にせねばなりませんが、同時に、トラブルや失敗を未然に防ぐために、「発達」のプロセスや「自由」の獲得へのプロセスを跳び越えたり奪ったりしないように気をつけるまなざしが求められます。
 子どもが「育つ」ということは、そもそも<トラブル>と<矛盾>に満ちたプロセスをたどるものです。たとえば、子どもがハサミや包丁を上手に使いこなせるようになるには、実際に刃物を手にしてそれを使わなければ、手の機能を発達させることも、危険を避けるために注意を払うことも習得することができません。発達が未熟なうちに刃物を使うということは、常にケガと背中合わせであるということです。ケガを恐れて刀物を持たせなければ、いくつになっても上手に使いこなせるようになりません。安全管理と技術習得は、矛盾した関係にありますが、その矛盾を乗り越えるところに発達のプロセスがあり、矛盾を克服することによって刃物を使って望みの物を創りだす自由が獲得できるのです。

中略

・子どもへの「まなざし」とは
 <トラブル><矛盾>は厄介なものですが、それらは子どもの発達の源泉・土壌であり、親や教師や指導員の成長もまたこの<トラブル><矛盾>をどう見るか、その「まなざし」にかかっています。
 子どもへの「まなざし」とは、子どもの見方・とらえ方ということです。そのポイントには、育ちゆく子どもたちが生活の中で必然的に引き起こす<トラブル>をどのように見るのか、子どもの発達の源泉である<矛盾>をどうとらえるのかという問題があります。
 トラブルや矛盾の発生を「こまったこと」としてのみとらえ、トラブルを起こさないために事前にその芽を摘もうとすると<安全管理的まなざし>になります。また、トラブルを避け、矛盾を堀り下げないで、なるべく早く目的を達成しようとすると<教育効率的まなざし>になります。それとは反対に、厄介である<トラブル>や<矛盾>に向き合い、それらと根気よく付きあい、その中にある「意味」を掘り下げて人間の成長の糧にしていく姿勢を<人間理解的まなざし>と名づけたいと思います。<人間理解的まなざし>は、子どもの姿を丸ごとこらえ、子どものあるがままをとらえようとする視点でもあります。
 子どもたちが引き起こす<トラブル>に目を向けることが必要なのはなぜでしょうか。それは、子どもたちの言葉・行動の中にはかならず「理由」があるからです。そして理由の中には「願い」があり、願いの裏には長い生活史があります。だからこそ、効率的に結果を求めるのではなく、結果に至るまでのプロセスを大切にしたいのです。
 子どもたちのケンカを取り上げても、そこにはそれぞれの理由があり、理由の中には願いがあり、願いの裏には子どもたちが抱えている生活があります。矛盾の中にこそ、子ども理解・人間理解への入り□があり、子どもの発達と子どもに関わる人々の成長との結節点があると見るのが<人問理解的まなざし>なのです。

中略

・「まなざし」を豊かにするために
 それでは、どのようにしたらこうした「まなざし」を磨けるのか。「まなざし」を豊かにしていくための方法について考えてみましょう。
 第1に注目したいのは、子どもの言葉や行為・行動の中にあるもの、裏にあるものに目が向くためには、「ともに生活をする」ということが必要だということです。子どもだけでなく、親の生活や地域の生活環境にも目を広げておく必要性があります。
 学童保育が、時々開かれる「放課後子ども教室」や、ボランティアの方々による「遊び場・居場所づくり」、子ども自身が選んで遊びにくる「児童館」と違うのは、学童保育は子どもたちが毎日、「ただいま」と帰ってくる場所であるため、子どもの行為の中にある「想い」を掘り下げ、行動の裏にある「願い」を受け止めて、子どもの育ちを親とともに考えあうことができやすいという点にあります。にもかかわらず、学童保育の指導員自身が<安全管理的まなざし>や<教育効率的まなざし>に陥っていたのでは、学童保育の豊かな子育ての場が見失われてしまいます。
 第2に大切なことは、「まなざし」の交流です。指導員同士、父母同士が子どもの様子や成長への願いをたくさん交流し、子どもへのステキな「まなざし」を待った人から学んでいくことでしょう。日々忙しく、慌しい生活に追いまくられていると、子どもを見る目がどうしても<管理的まなざし><効率的まなざし>になってしまいがちですから、日常的に「まなざし」の交流が不可欠なのです。
 親、指導員、教師だけでなく、いろいろな地域の人々の「まなざし」の中で、子どもたちを育てたいものです。地域社会に<人間理解的まなざし>のネットワークをはりめぐらせていくことが、機械による監視システム頼りにならずに子どもの安全を守りあっていくための確かな方法でしょう。
 第3に必要なのは、子どもに向ける「まなざし」の基本となる社会的な「子ども観」の学びあいです。「子ども観」とは、子どもについての体系的な見方・とらえ方のことです。それは、その日の気分で子どもを甘やかしたり、厳しく叱ったりするのではなく、またわが子とよその子に対する基準が違ったりするのではなく、一貫した見方・とらえ方を身につけることが必要だからです。
 指導員と親と教師の間で共通に確認できる子ども観、多くの人に理解してもらえる子ども観、日本社会さらには世界的規模で通用する子ども観があれば、それを身につけておきたいものだと思いませんか。実は、その手がかりが我が国の「児童憲章」や国連の「子どもの権利条約」の中に書き込まれています。
 経験や体験の積み重ねの中で培った子どもへの「まなざし」を、より確固たる「子ども観」にするために、次回は<子どもの権利のまなざし>について学びあっていきたいと思います。

学童指導員学校


今日は全国学童保育指導員学校に参加しています。
午前中は日福大の山本先生による記念講演「幸福追求権・生存権・学童保育指導員の専門性」です。
今日は一日勉強してきま~す!(^_^)♪

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